【 Yk8 : 新大阪 】 さようなら
夢の超特急「ひかり」号


〜 0系車両 東海道新幹線から引退 〜

<1999/09/18 更新>

オリンピックの直前である1964年10月1日の開通以来、日本の高度経済成長と共に駆け抜けてきた東海道新幹線の0系車両がが、9月18日を以って引退しました。
こちらでは僅かですが、この0系の画像を紹介し、35年間の労をねぎらいたいと思います。


【 Yk8 : 新大阪 】 ● 東京寄先頭車 22形 (Y8)

Yk8の東京寄り先頭車 22-2029 です。
0系の最終増備グループの内の1両で、1984(昭和59)年製となっています。
この増備で0系の製造は終了し、100系へと移っていきました。
● 激務をものがたる...

一部の車両には塗装の内部から錆が発生し、被膜を突き破るなどして部分補修されているのを確認しました。この車両は車歴20年そこそこなのですが、走行距離が在来線と段違いなのと、トンネル内での高速離合で、見た目以上に車体の疲弊が進んでいるようです。
【 25-1088 : 新大阪 】
【 ビュフェ : 小田原 】 ● ビュフェ

営業休止になって久しいビュフェ...
多忙なビジネスマンが、ここで一時の休息を取っていた姿が思い浮かびます。
● 夢の220Km/h

懐かしいアナログ式の速度計が、人影のないビュフェ内で、トップスピードの220km/hを指していました。
300Km/hはおろか、270Km/hすらも夢の時代だった頃のものです。
【 速度計 : 小田原 】
● 16号車

客室入口の壁には、プレート式の号車札が掛けられていました。
フル編成の証であるこの「16」も見納めです...
【 22-2030 : 豊橋 】
【 冷水機 : 豊橋 】 ● 冷水機とポスター

JR移行後の新型車両ではめっきり見掛けなくなった「冷水機」が、今なお現役で稼動しています。
「冷水機」の上にある広告枠には、「0系」のポートレートが入れられていました。引退を間近に控え、所定の広告と差し替えたのでしょうか?
何とも、泣ける配慮です...
● 小学校の修学旅行...

集団離反式のシートが広がる様子です。
この車内を見ると、小学校の修学旅行で広島に行った時を思い出してしまいます。(この車内、当時乗った車両と全く同じ風景なんですよ)
15年ほど前の事なのですが、始めての新幹線乗車ということもあってか、この車内風景が強烈に印象に残っているようです。

私の新幹線の元風景です...
【 車内の様子 : 東京 】
【 Yk41 : 豊橋 】 【 Yk41 : 東京 】
● 豊橋にて

車内放送で幾度と無く、「この車両は0系であること」「9月18日を以って東海道新幹線より引退する」旨の放送が行われました。
通過待ちの各駅では、老若男女を問わず記念撮影をする姿が多く見られました。
● 「東京駅」と「0系」

35年間続いたこの日常とも言える風景も過去帳入りです...

取材日:1999/07/26、1999/08/15


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