【 東急・世田谷線 :   】 東 京 急 行 電 鉄
世 田 谷 線

下町に残ったチンチン電車
<1998/09/21 更新>

東急・世田谷線の歴史は1907(明治40)年に開通した、多摩川の砂利を東京市内に運搬するのを目的に開通した玉川電気鉄道(道玄坂上−三軒茶屋間)にまで溯ります。玉川線(現 世田谷線)は、最盛期に下高井戸から澁谷までの直通運転を行っていましたが、新玉川線と並走する三軒茶屋−渋谷間については、1969(昭和44)年に廃止となり、現在に至っています。
世田谷線は、全線で5.1Km、駅数8、乗車時分約16分と、都営・荒川線と比較すると規模は半分に足りませんが、荒川線とはまた違った下町情緒を感じさせてくれました。以下、その乗車レポートです。


三軒茶屋駅 ●

新玉川線との乗り継ぎ駅、三軒茶屋。
1992(平成4)年に完成した再開発ビル内に、世田谷線のホームが設置されており、地下線の新玉川線とは徒歩連絡約5分の距離。
【 東急・世田谷線 : 三軒茶屋駅 】
【 83−84 : 三軒茶屋駅 】 ● 80形 (三軒茶屋駅)

昭和25年製の80形。
80形は、81−82,83−84の2両編成が2本。85,86の2両が両運転台のままで残っており、検査入場時に後述の70形・150形とも連結して運用される事がある。
世田谷線には、他にこの80形を含め70形、150形の3形式・合計18両の車両が在籍している。

西太子堂−若林間を行く ●

とても都区内を走っているとは思えない雰囲気を醸し出している、開放式の運転台。
運賃は全線均一の130円となっており、三軒茶屋と下高井戸から乗車の場合は、駅の改札口で運賃を払い、すべての扉から乗車できる。その他の駅は、「連結2人乗り」方式で、前後の乗務員のいる扉から乗り、備え付けの運賃箱に支払う。降車時は、三軒茶屋と下高井戸はすべての扉から、その他の駅は前後の乗務員がいる扉以外から降りる。
また、世田谷線が1日乗り降り自由な乗車券「世田谷線散策きっぷ」が三軒茶屋、上町、下高井戸の3駅で発売されており、散策には便利である。(大人300円、こども150円)
この乗車券の裏は、沿線案内になっている。
【 83 : 西太子堂−若林間 】
【 151 : 松陰神社前 】 ● 150形 (松陰神社前駅)

世田谷線で一番新しい昭和39年製の150形。
151-152,153-154の2両編成、2本の在籍。側面のステンレス・コルゲート板と近代的な車内が特徴である。
● 世田谷線に里帰りした104 (宮の坂駅)

昭和44年の玉川線廃止時に同時に廃車となり、江ノ島鎌倉観光(現 江の電)に譲渡、同鉄道601となって2000系登場の平成2年まで活躍していた。(大正14年製なので65年走り続けてきた事になる)
廃車後、宮の坂駅前にある世田谷区・宮の坂区民センターに引取られ展示されている。
【 87(EER601) : 宮の坂】
● 70形 (上町駅)

昭和17年(一部21年)製で最古参の70形。
他の2形式が、グループ会社の東急車両で製作されたのに対し、70形は兵庫の川崎車輛(現 川崎重工)で製造された。71-72,73-74,75-76,77-78の2連4編成、計8両が在籍している。
車齢は高いものの、最近になって台車を新製のものに交換し、駆動方式も吊掛式からカルダン駆動へと変更された。
下回りを交換して、延命させる手法は同じような経歴を持つ江の電300形に良く似ていると言える。
● 72 より 71の車内を望む

戦前生まれの70形、ニス塗りの渋い車内。
一昔前までは、ドアや窓枠が木製であったそうで、その頃は今以上に渋い車内風景を醸し出していた事でしょう。
【 下高井戸 : 京王線と世田谷線 】 ● 下高井戸駅

京王線と接続する下高井戸駅。
京王線駅の96年の橋上化完成までは、階段を登ることなく乗り継ぎが出来ていたが、現在では、一度階段を登らなければいけなくなった。

ちなみに、両線ともに日本では珍しい線路幅(1372mmゲージ)同士ということで共通している。
ちなみに、日本で1372mmゲージを採用しているのは京王(井の頭線除)と相互乗入している都営・新宿線、それとこの東急・世田谷線のみである。

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