| 阪 神 電 気 鉄 道 5261形 (初期車) 「さよなら運転」 〜 5261と振りかえる阪神電車の昔 〜 − Part.2 − |
![]() |
1999/03/23 更新
1967(昭和42)年に製造され、現在に至るまで30年以上に渡って活躍してきた5261形(初期車)が5500系の増備により、引退する事になり、1999(平成11)年3月20日に「5261と振りかえる阪神電車の昔」と題した
さよなら運転 のイベントが実施されました。
ジェットカー初の6連運転、保存されている旧型車と研修設備の見学会、吊革・らくやんカード(5261の柄)・さよならヘッドマークを模したキーホルダーがプレゼントされるなど、なかなか充実した内容でした。
以下、当日の様子をお伝えします。
![]() |
● 屋外研修施設の見学 大石で折り返したイベント列車は、尼崎センタープール前 駅での「旧型車両」と「屋外研修施設」の見学会参加の為、降車専用ホームのある1番線に入場。発車時間まで、留置となりました。 イベント参加者は2チームに分けられ、「旧型車両」の見学組と「屋外研修施設」の見学組にそれぞれ分かれました。 左の画像は、「屋外研修施設」の見学の様子ですが、話をするだけでなく、実際に機器を動作させての説明であった為、分かりやすかったです。「クルクルパー」も周ってましたし(^^; 「TS阪神」でお馴染み?の各種制限標識やATS関連の機器も全てありました。 今回は、屋外の研修施設のみの見学ということで、運転シュミレーターは残念ながら公開されませんでした。 |
|
● 旧型車両の見学 (604)
若年の私にとっては、阪神電気鉄道の 601形604 というよりも、野上電気鉄道の
チョコレート広告車両 24 としての姿の方が、実際に動いている同車に乗ったこともあってか、印象に残っています。大正13年8月 藤永田造船所 製造 昭和35年4月 野上電気鉄道 に 譲渡 5年ぶりに再開した同車は、塗装以外は車外・車内共に野鉄時代と特に変わっていませんで、しばしの間、シートに腰を掛け、野鉄に撮影に行った当時のことを回想していました。 |
![]() |
![]() |
● 旧型車両の見学 (1150) 昭和11年 5 月 田中車両 製造 昭和37年10月 野上電気鉄道 に 譲渡 こちらも、阪神電気鉄道の 1141形1150 というよりも、野上電気鉄道の 32 としての姿の方が、印象に残っています。 荷棚部分に明かり採り用の窓が付けられているのが特徴で、同系列車は野鉄以外に高知の 土佐電鉄 にも譲渡されました。 塗装以外は、車外・車内共に野鉄時代のままとなっています。 特徴の凝った車内照明(チューブランプによる間接照明)も往年のままで、通電出来るのであれば、点灯している姿を一度見てみたいものです。 ⇒車内の様子 (明かり採り窓) ⇒車内の様子 (そのままの路線図) |
|
● 尼崎センタープール前に停車中の「さよなら列車」
「さよなら列車」は、イベント参加者が、研修施設等を見学のしている約1時間半に渡って1番線に留置されていました。ホームは、緩やかにカーブしており、6連であることが分かるショットが撮れる条件ではありましたが、ホーム上の階段や待合室の配置のおかげで、うまく撮ることが出来ませんでした。 今考えれば、向かい側のホームから撮れば6連であることが分かるショットが撮れたような気が... |
![]() |
![]() |
● 大阪寄先頭車 5261 5261形のトップナンバー車です。 今回の「さよなら運転」で組成された車両は、全車が阪神淡路大震災 発生時に神戸市内にて運用・留置されていた為、被災し脱線したりパンタ破壊した経験を持つ車両です。(5265〜5268 に至っては廃車となっています>5261形 初期車は全車が被災) 5261形は、平成7年度中に5500系によって置き換えが予定されていましたが、被災廃車による車両不足や、西大阪線の運用増によって置き換えが先延ばしになっていました。今回、5500系の増備が進んだ事により運用必要数が充足し、とうとう置き換えされることになった訳です。 ⇒ 拡大画像 (約41KB) |
![]() |
![]() |
| ●さよならヘッドマーク 5261,5270に付けられた副標識です。 ⇒ 拡大画像 (約44KB) |
● 過去の切符の展示
尼崎センタープール停車中に 5262 の車内にて、過去の切符の展示会が行われました。35円の券売機発券があるということは、
券売機で5円玉が使える時代もあったんですね...
|
![]() |
![]() |
| ● 製造銘板
定員・自重のプレートは、シルバー基調の肉厚の無い物に交換が進んでいます。
|
お疲れ様でした、そして、さようなら... |